エチオピアの少数民族から学ぶ「命をいただくこと」

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エチオピアの少数民族を巡るツアー2日目。

3日目のカロ族に会いに行くため、この日はその中継地点のトゥルミまで行き、テント泊をするという。

トゥルミはハマル族が主に暮らす村。

その日、私たちはこの旅の中でも忘れられない貴重な体験をすることになる。

ハマル族の村で”食について”考えさせられる。

 

ハマル族とは

ハマル族は成人の儀式として、男性は暴れ回る牛の上を飛び越える”ブルジャンプ”。

女性は背中が血で染まるほど鞭で打つ伝統的な儀式が有名。

私たちは成人の儀式は見ることができなかったが、その代わりに彼らの食文化について学ぶことができた。

ハマル族は野菜を一切食にしない。肉食主義を貫いている。

エチオピアの国民食であるインジェラすらも口にしないという食文化を持っている。
(エチオピアはコーヒーの名産であるが、彼らはコーヒーの豆は使わずコーヒーの皮を煎じて飲む。)

ちなみに見た目や香りはコーヒーだが、味はかなり薄い。

ハマル族の食文化を体験する。

 

トゥルミに着き、各々がテントの準備をしている頃。

アスマモさんが一匹の子ヤギをどこからか連れてきた。

なんと、一匹の子ヤギを買ったという。

そして今日の夕食として、この子ヤギを捌いて食べるという。

陽も落ちてきたた頃、キャンプ場の傍に子ヤギを連れて行く。

子ヤギはまだ自分がこの後どうなるかは知らないようで、大人しく付いて来ている。

これから、いよいよこの子ヤギをシメて捌いていく。

一緒に旅をしている「りゅーじー」が自分の手でシメてみたいと名乗りを挙げる。

彼はこれまで、ニワトリを捌いたところは見たことがあるが、実際に自分の手でやっていないので、今回は自分の手でやってみたいという。

 

キャンプ場の傍に着くと、子ヤギはアスマモさんと2人のハマル族の男性に地面の上に寝かせられる。

その頃になって、ようやく異変に気付き暴れようとするが、子ヤギの力ではどうにもならない。

そして、おもむろにナイフを子ヤギの首筋に当て、一瞬にして赤い血が溢れてくる。

大量の血が流れる中、それでも懸命にもがく子ヤギの姿を見て、あぁ、この子はもうすぐ死ぬのか。

漠然とそんなことを考える。

・・・

時間にして、1分弱だろうか。

完全に動きが止まる子ヤギ。

そこからは、更に手際よく解体していく。

まずは健の部分を切り、木に吊るす。

皮を剥ぎ、足、頭、臓器と各部位が丁寧に切り取られて行く。

あっという間に解体され、

私たちがよく見る”肉”として目の前に並んで行く。

その肉を枝に刺し、あらかじめ用意されていた焚き火にくべる。

その薪を囲むように座り、焼きあがるまでじっと待つ。

ぼーっと、燃え盛る火を見つめながらお互いに、先ほど見た光景についてや、自分の食についての考えなどを話しをしながら待った。

 

・・・数十分後。

こんがり焼けたヤギの肉がお皿の上に盛り付けられ目の前に出される。

ただ肉を焼くだけの豪快な料理。

まるで「モンスターハンター」で出てくる「モンハン肉」や!!!

引用:capcom.co.jp

 

こんがりと焼けたところは美味しそう。

・・・実際に食べて見ると。。

 

なんかイメージと違う。正直あんまり美味しくない。。

肉は筋があり固く、味付けもないので、あんまり味がしない。

しかし、先ほどの光景を見ていると子ヤギに悪いなと思い、残すわけには行かず。

今日の夕食はこれだけしかないので、食べないわけにも行かず。。

 

でも、ハマル族の人達は毎日この肉を食べている。

むしろこの肉だけで生活している。

この肉の硬さも顎が鍛えられたり、余すとこなく全て食べることで、

この子ヤギの”命・パワー”を自分達に取り込んでいるんだなと感じた。

 

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”動物の命をいただく”ということ

 

今回、目の前で子ヤギを捌いて、その肉を食べる。という経験をして

まず、”子ヤギを捌くこと。”

その一連の作業があまりにも淡々としていて、自分でも驚くぐらい冷静にその光景を見ることができた。

普通なら、もっと感情を揺さぶられてもいいのかもしれないがそうはならなかった。

それは、自分が大人になったからなのか?

それとも、今まで旅をしてきた経験が、そういうことに慣れてしまったのか?
(東南アジアではよくニワトリが捌かれていたし、、)

それでもやはり、今回は自分が実際に”食べる人”としてそこにいること。

”ひとつの命を犠牲にして、その肉を食べる”

ということの経験をさせてもらったことが、少なくとも自分には貴重な経験として心に残った。

”動物の命を奪い食べること”は、アフリカの地でも、日本にいても全く変わることがない事実なのだが、日本ではそういったものを上手く隠して、普段は目にすることがないようになっている。

ある記事では、子供に魚の絵を描かせると、魚の切り身が泳いでいる絵を描く子供がいるという。

それは極端な例にしても、あまりにも隠しすぎではないかとも思ってしまう。

 

日本では「いただきます」という言葉があるが、

いままで、命そのものや、作り手に対して「いただきます」と言って感謝の気持ちを表すと教えられてきたが、

今回の経験を通して、より深く”命をもらっている”ということに「いただきます」と言えるようになったと思う。

 

あと、次の日から子ヤギを見ると「あ!お肉だぁ」と子ヤギを見る目線が変わってしまった。。


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